XRQ技研業務日誌

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モールス電信士のアメリカ史 =IT時代を拓いた技術者たち=

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松田裕之著 モールス電信士のアメリカ史

 日本技術評論社から出されている本である。
筆者は「歴史を物語(ストーリー)だとするならば、その真理は臨場感に宿るはずだ。できるだけ活写することで、それに近づければと考えている。」P7と記している。今日のIT化した時代の先駆けとなった電信士の姿をその背景とともに生き生きと描くことで情報通信の流れを語っている。
 モールス符号の誕生についても書かれている。私はモールス符号はサミュエル・モールスがフランスからニューヨークへ帰る際乗船していたシュリー号の船上で電磁石の公開実験を見たことをきっかけに考案したと思っていた。しかし、本書の中の話では、それまで電磁石を使って文字を指し示す通信機が使われていたのをモールスが0から9の数字を穿孔配列で送り、それを読み取って符号表によって対応する単語に置き換える通信方法を考案したという。そしてそのモールスの実験を見たアルフレッド・ヴェイルがアルファベットと数字を短点と長点の組み合わせで送るように改良したのだという。したがって、今使っているモールス符号はヴェイルが考案した符号となるのだが、モールスとヴェイルの間の契約ですべての発明特許をモールスの名義とするとされていたのでモールス符号となったという逸話が紹介されている。契約社会のアメリカらしいエピソードである。
 最初はテープに印字されてくる符号を読みとって解読していたモールス符号だが、電信士の中で電磁石がカタカタと長・短点を印字する音を聞いて符号を読み取る者が出始め、電磁石が着くときと離れる時に音が出るように工夫することでテープに印字をしなくても通信ができるようになったという。しかしこれは鍛錬をもとにした技能であり、これにより電信士が誕生したのだという。職能であるがゆえに、鞄に電鍵を詰めて町々を渡り歩くという西部劇のような時代もあったという。
 南北戦争の時代、各地の戦況をより早く伝えるために電信が使われ、情報が勝敗を左右することが明らかになった。そして鉄道の運行にも電信が使われ、アメリカ各地にますます電線網が張り巡らされていったという。
 電信士の技能は力仕事でもなく、男女に関係なく習得・活躍できることから女性が職能を生かして自立していくきっかけにもなったというエピソードも紹介されている。しかし、その役割が重要であるがゆえに政府からの支援を受けた企業の独占が進み、鉄道電信士も商業電信士も組織の中での労働者として扱われるようになっていき、テレタイプの誕生によってモールス符号を解読し打鍵するという電信士の職能が社会から求められなくなってしまった。筆者はそれぞれの時代の電信士の姿を描くことで、現在のIT化への潮流を描いている。

 モールス符号というデジタル信号を通常の言葉に変換する専門技能を持った電信士であるが、現在では限られた分野でしか電信は使われていない。アマチュア無線で日々使われるのが一番多いのかもしれない状況である。しかし、アマチュア無線では電報という形式をとっていないので、電信士の扱ったモールス符号とは異なったものである。一文字一文字を正確に早く確実に伝えることを使命とした電信士の人たちの姿を垣間見ることができた書籍であった。