XRQ技研業務日誌

ものづくりを楽しんでいます。日々の暮らしの中に面白そうなものを探しながら

石を立てる

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雨の日でも、部屋の中で遊ぶ



 このところ、この遊びにはまっている。昔河原でやった石積みの延長である。違うこところは、部屋の中であり、石を乗せるのではなく立てることである。
 なんの変哲もない石。その長点を見極め、もう一つの石の上に立てる。どこかにある、重心を支える3点を探して、試行錯誤するのだ。両手で石を支え、その力を抜いていく。石は傾いてしまう。接するところを変え、繰り返す。すると、ある1点で手の力がすーっと抜けることころがある。石が立った瞬間である。結構しっかり支えられていて、石は立ち続けている。達成感がわき上がる時である。
 単純な作業であるが、結構集中して楽しい。何回も失敗を繰り返し、重心を支える1点を探す。無心になれるのがいい。何も考えず、ひたすら作業に没頭する。これがリラックスできるのだろう。日々さまざまな煩悩に取り囲まれている中で、すべてを忘れ、無になって集中する。そして、その1点が見つかった時の達成感がたまらない。
 石の表面にはさまざまな凹凸がある。2つの石が重なった時、立てた石の重心がその3点の真上に来た時、石は立つ。その3点がどれなのか、手の感覚で探っていく。山や河原で拾ってきた石である。標本になりそうな石やきれいな形、色・模様の石だということでつい集めてしまったものである。普段は棚の上に並べているが、こうして手にとって遊ぶことを見つけてしまった。投資ゼロのこの遊び、しばらく続きそうである。

QRPの面白さ

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MLA QRPでの庭先移動運用


HF帯の伝播はさまざまな条件が重なってミステリアスである。全く聞こえなかった局が微かに聞こえるようになり、それが波を打つように大きくなったり小さくなったり不安定な状態が続く。突然、すぐ近くから電波を出しているかのように、明瞭に大きく聞こえてくることもある。また、消え入るようにすーっと聞こえなくなることもある。
直進性の強いUHF等の電波では見通しでの伝播が基本であるので、アンテナの利得と送信電力にほぼ比例して伝播状況が変化する。しかし、HFでの伝播は電離層や地上等との反射や屈折などさまざまな経路で電波が伝わっていくので、機器の性能だけではない要素が大きく影響する。

私の運用スタイルは基本的にQRPという小電力で、アンテナもシンプルなものを使っている。機器の性能としては貧弱なのだが、それでも、伝播状況(コンディション)によって思いも寄らないところと交信できることがある。機器が貧弱だからこそ、コンディションへの依存が大きく、遠いところの局と交信できた時の喜びは大きい。自分の力に依るのではなく「運」に恵まれた「ラッキー」という喜びである。
今日の交信も、嬉しいものであった。いつも使っている机の上の無線機で数局と交信し、たくさんの局が聞こえていることを確認した。このコンディションならおもしろい伝播に出会えるかも知れないと、庭に出てみることにした。
用意したのは単三乾電池とほぼ同じ大きさの14500というタイプのリチウム電池2本を内蔵したトランシーバー。約8Vの電圧が得られ、出力は2W程度出せる。アンテナは同軸ケーブルを直径80cmに丸めて、その両端をキャパシタでつなげたエレメントに、20cmφほどのリングから給電するようにしたMLAという自作のアンテナである。
使用した周波数は7MHz帯で、波長は40mある。この電波を小さなアンテナに乗せるのだから効率がよいわけがない。それでも同調をとると多くの局が聞こえてくる。大きな音で聞こえる局に呼びかけてみるが、なかなか取ってもらえない。相手は数百ワットという大電力で大きなアンテナを使用していく局なのかも知れない。そんな中で和歌山に移動していく局が聞こえてきた。移動局では50W以下の出力で、アンテナも簡易なもののはずである。呼びかけてみると応答があった。599ー599のレポートである。交信が成立したのである。
直径80㎝、地上高1mの小さなアンテナ、出力2Wという小電力でも430kmほどの距離を電波が飛んでくれた。思いがけない伝播に思わず笑みが浮かぶ。これだから無線はおもしろい。自然を相手にした最高の遊びである。

お手軽パドル

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お手軽パドル

 パドルと言うとカヌーで使われる水をかくための櫂を思い浮かべる方が多いだろう。しかし、今回製作したのはエレクトリック・キーヤーでモールス符号を生成するための装置である。単純に2つのスイッチで、モールス符号の短点(Dit)を送出するスイッチと、長点(Dah)を送出するスイッチを組み合わせたものである。
 モールス符号は短点と長点、そしてスペースを組み合わせてアルファベットやカナなどを送るものである。その長さの比率は短点を1とすると、長点は3、短点や長点の間隔は1、文字と文字の間隔は3、語と語の間隔は7と決められている。このタイミングに合わせて短点のスイッチと長点のスイッチを操作して符号を生成している。パドルは2つのスイッチを向かい合わせに設置して、通常、右のスイッチを押すと長点が出て、左のスイッチが押されると短点が出るようになっている。
 モールス符号を送出するために、この左右のスイッチを高速で操作するので、スイッチの押す間隔(ストローク)や押すときの硬さ・粘り強さ・反発力など使う人によって好みが分かれるところである。そのため、市販されているパドルはさまざまな調整機能が組み込まれ、使う人の好みに合わせられるようになっている。

 しかし、自分で使うパドルを作るなら、調整機能を組み込まなくても、製作の過程で使いやすくしてしまえばよい訳で、手軽にパドルを作ることが出来る。今回作ったのは基板垂直取り付けスペーサーというキューブ型のスペーサーを固定軸として、2枚のアクリル板を操作棹とし、その間にスイッチとなる金具を取り付けている。操作棹の間隔はキューブ型スペーサーの大きさで調整する。(8mmや10mmがある)スイッチの間隔は棹の間にある金具を前後に移動できるよう、基台に取り付ける穴を長円形に空けておき、締め付ける時に調整する。押すときの硬さ・粘り強さ・反発力はアクリル板の厚さや幅、長さで好みの状態を探せばよい。
 こうして出来上がったのが写真の「お手軽パドル」である。簡単な工作なので小一時間もあれば出来上がる。接点としているビスと金具の接触抵抗など厳密に考えれば課題となることもあるが、通常の使用では困っていない。自分だけの道具を自作するのは、案ずるより産むが易しのようである。

 

シンプルArduino

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シンプルArduino

 ArduinoはAVRマイコンを搭載し、入出力ポートを備えた基板である。一般的なものではUNOといわれる基板で、Atmega328Pというマイコンが搭載され、電源回路が組み込まれている。さらに、ほとんどのピンが外部に引き出されていて、水晶発振子によるクロック回路が組み込まれている。RS-232シリアル接続のためのチップも組み込まれていて、直接USB接続でPCと繋げることができる。開発環境としてArduinoIDEが提供されていて、C言語風のArduino言語によってスケッチというプログラムを組むことができ、その書き込みも一連の流れとして行うことができる。
 これまでPICを使ってきて、CやBasicなどでプログラムを書き、コンパイルしてHexデータを作成し、書き込み装置でPICに書き込む作業をしてきた。開発段階では何度もプログラムを書きかえるのだが、プログラムの変更からの一連の作業は結構手間がかかっていた。しかし、Aruduinoの環境では、この作業が一つの纏まったものとなり、より作業がやりやすくなっている。また、提供されているUNOなどの基板では、入出力のピンが基板上にピンコネクタとして配置されているので、シールドという補助基板を親亀子亀形式で組むことにより動作確認がやりやすい。開発環境としてとても使いやすいものになっている。

 最初のうちは、これを動作の際にも使っていたのだが、基板に搭載されているシリアル接続の回路などは動作に使わないことも多い。また多くのピンがコネクタとして提供されているが、これも使わないものがほとんどである。動作環境としてはUNOなどの基板を使わなくても、もっとシンプルにAVRマイコンを中心にしたもので用が足りることに気付いた。
 スケッチを書き込んだAVRにクロックとしての水晶発振子を付けたシンプルなArduinoである。探してみると、そのような基板が市販されているのを見つけた。ほとんどAVRマイコンと同じ位の大きさで、回りに入出力ピンが配置されている。そこから必要なピンのみを接続して動作回路を組むことができる。シンプルArduinoを部品のように使う発想である。
 以前、Arduino UNOにシールドを組み合わせて構成していたモールス受信練習のCW_ Drillや、モールス送信練習用のCW_Decorderを、このシンプルArduinoを使って組んでみた。思いの外、容易に組むことができる。回路構成も分かり易い。

 開発にはUNOなどの提供されている基板を使い、動作させる段階ではシンプルAruduinoを使うのがよいようだ。マイコン工作にますますのめり込みそうである。

医療の向こう その2

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「加齢は医療の向こう」というようなことを書いたことがある。達観した言い方だが、現実はそれほど生易しいものではなさそうだ。
加齢に伴って身体のあちらこちらに不具合が出てくる。痛みがその最たるものだが、痛みがあると動作が不自由になるだけでなく、気分も滅入り生活の質が一段と低下する。医療の向こうだなどと悠長なことを言っていられず、考えられるさまざまなことを試すことになる。整形外科医院が朝から行列を作っているのが頷ける。
私も肩、上腕部の痛みで困っているのだが、針やマッサージ、磁気や温熱など整骨院での治療もあまり効果がなく、結局、整形外科での鎮痛薬対応に落ち着いている。何回かの試行錯誤で鎮痛薬と抗嘔吐剤のバランスを調整することで、現在は朝晩の鎮痛薬服用で痛みを我慢できる範囲に閉じ込めることが出来ている。痛みが和らぐことで生活の質がずいぶん向上して助かっているのだが、また別の問題が出てきた。
定期的に内科の診察を受け、血液検査をしているのだが、腎臓の障害を示す数値が上昇し始めているのである。長期間の鎮痛剤服用が作用しているようだ。内科医からは腎臓への負担を軽くするよう別の鎮痛剤を勧められるのだが、整形外科ではその鎮痛剤では効果が弱すぎて対応できないと言われ、痛みに対抗できる薬の服用方法を変え、水を多く飲むようにして対処していこうということになっている。
薬によって悪化させてしまった腎臓の機能は回復させることが難しいと言われている。これから鎮痛剤を飲み続けることは腎臓を始め内蔵への負担を増し、好ましいことではない。しかし、痛みを抑え、生活の質を維持するためには鎮痛剤の服用を止めるわけにもいかない。寿命を考え、内蔵機能の低下と痛みを抑えることの折衷点を見出すことが求められている。
加齢は確かに医療の向こうなのだが、旅立つまでは医療の世話になっていかなくてはならない。綱渡りのような日々が続くが、自分らしく生きるためには生活の質も大事にし、痛みにも我慢しながら毎日を楽しく過ごしたいものである。

桂盛仁 江戸金工の世界

 

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 超絶技法などと言われている明治、江戸期の精細な加工技術は刀剣の装飾を主な目的として、職人のたゆまぬ努力と創意工夫の中で磨かれ発展してきたもののようである。帯刀が禁止され刀剣が作られなくなると、その技法は帯留めなどの装身具に転用され、技術が受け継がれてきた。桂盛仁はその技術を受け継ぎ、人間国宝に指定されている金工作家である。
その作品を展示する「人間国宝・桂盛仁 金工の世界 -江戸彫金の技―」が練馬区立美術館で開催されている。作家本人によるギャラリートークがあるというので参加した。

 「江戸時代初期から続く彫金の一派.柳川派の流れを汲み.明治―大正―昭和期にかけて、煙草入れなど装身具の彫金で大人気を博した二代豊川光長、桂光春を輩出した流派で、伯父である光春を継いだのが盛仁の父、桂盛行【かつらもりゆき/1914~96】となる。父.盛行のもとで修業した桂盛仁は、打ち出しや彫金、象嵌.色絵等の技法を駆使し、日本伝統工芸展などで高い評価を得てきた。宮内庁買い上げ.文化庁長官賞を受章するなど研鑽を積み、2008年に重要無形文化財「彫金」保持者「人間国宝」に認定されている。昨今、明治期の卓越した工芸作品を、超絶技巧と称し、ロストテクノロジーとしての評価がなされてきているが.そうした工芸の技倆が脈々と受け継がれてきていることは柳川派、そして桂盛仁の金工を見ると明らかである。(練馬区立美術館HPから)                                      

 一枚の金属板から、それを伸ばしたり、縮めたり、掘ったり、埋め込んだりなど様々な技法を駆使して作品を形作っていく。カエルの帯留めを作っていく過程を追ったビデオを見た。作品のイメージをスケッチし、それを粘土を使って立体にしていく。全体の様子を見て修正し、帯留めとしての全体像を決める。作品の構想がまとまると、いよいよ制作に入る。地金となる四分一という金属の板に輪郭を写し取り、焼きなましをしながら裏側から膨らみを叩き出していく。硬い金属のため何回も焼きなましを繰り返す。概ね膨らみが得られたら、表側から形を整えていく。伸ばすところ、寄せていくところタガネの種類を変えながら繰り返し繰り返し形を整え、最初の作品イメージに近づけていく。金槌とタガネをつかった作業の繰り返しである。その作業に使われるノミやタガネの種類は途方もないものである。作品のカーブや細かさなどに応じて使い分けられる。作品の形が出来上がると周りにノミが入れられ、切り取られる。
 ここまでの作業に数カ月かかることもあるという。しかし、作品はまだ土台の部分ができた段階であり、これから装飾が始まる。線彫りや象嵌などの技巧が使われ、作品が仕上げられていく。
 金工では、金属そのものの特性が生かされるように使われ、彩色したりすることはないのだという。色を出したければその色の金属を埋め込む、または金属の化学反応を利用して変色させていく。彩色するのと違い、狙った色を出すのは至難の業だという。
 仕上げは表面を磨き金属特有の光沢を持たせて、完成する。
 分業ではなく、一人の作家がすべての作業を行い、作品を仕上げていくので、〇〇の作品というだけで価値があるものとして見られているのだそうだ。
 桂盛仁さんのギャラリートークは展示室の作品に囲まれた中で行われた。何重にも人垣に囲まれ、人と人の隙間から講演者の顔がチラチラと見えるような状況だったが、その話に引き込まれ、金工の世界を垣間見せてもらったひと時であった。「人にホォーと言ってもらえる作品」を目指しているという作者の言葉が印象に残っている。

製本サービス

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 すべては無常であることはわかっている。形あるものは壊れ、記憶は失われ、思いは薄れていく。記録は消され、失われていく。そうだとわかっていても、残したいと思うのが人間なのだ。
 記憶の曖昧さから、さまざまな形で記録がなされてきた。粘土板に、木簡に、羊皮紙に、そして紙に、文字や図を用いて記録を残してきた。音や映像についても蝋管にレコードにテープに残されている。
 その記録が最近ではほとんど電子データとして残されるようになってきている。電子データの利点は複製が容易であること。編集も容易であり、保管にも場所を取らない。さらに検索が容易にでき、求める情報を素早く取り出すことが出来る。唯一の欠点は人間が直接、人の持つ五感によってそれを認識することが出来ないことだ。パソコンなどを介さなければそのデータの内容に触れることが出来ない。

 私はだいぶ以前からブログをやっている。日々の生活の中で気になったことなどを書き綴ったものだが、そのブログサービスが閉鎖されることになり、他のサービスに移行しなければならなくなった。作業が無事にできたのだが、そのデータを今後どのように処理したらよいか考える機会となった。
 心無圭礙 囚われないことが大事だとはわかっているが、長年積み重ねてきたものを失ってしまうのも寂しい。せめて自分の生のあるうちは手元に残したい。そこで、製本サービスを利用することにした。ブログなどのデータを送ると、本の形のまとめてくれるサービスである。本という形になれば、手軽に手に取ることが出来、所蔵できる。
 作業を進めてみると、思いのほかデータが大きいことがわかった。本にする場合、最大で480ページだと言うが、収まり切れない。3分冊にすれば収まるとわかったが、とりあえず、2巻のみ製本をし、現在進行形のブログを含む最近の部分は将来の製本とすることにした。写真部分も残したかったのでカラーの印刷にしたが、結構費用が掛かった。それでも私の道楽の一つとして散財することにした。

 ブログサービスは利用料金が支払わなくなれば閉鎖されるだろうし、そうしてデータが消去されるのは致し方ない。製本されたものも私と一緒に煙となるのもいいだろう。なかなか無所得に成れないのが人間の性のようだ。生きているうちの煩悩である。