
交信をしていて夢中になってしまうことがある。どのような話をするかという中身ではなく、交信ができるか否かという単純なことに夢中になる。微かな信号、ノイズに埋もれながら信号があることはわかっても解読できない。浮き沈みし時々解読できる信号。その局が交信をしている相手局のシグナルはしっかり読み取れるのだが、狙っているその局の信号がなかなか読めない。それでもワッチを続けているとその局のコールサインがわかってくる。所在地も受信できた。移動運用の局のようで仮設で運用しているのだろう。アンテナが不安定なのかもしれない。電離層など伝播状況も安定せず受信はなかなか厳しい。フワーと信号が浮き上がってくることがある。伝播状況がめまぐるしく変わっている。聞こえるようになったところですかさず呼びかける。こちらの信号に気づいてはくれたようだが私のコールサインは取れていないようだ。繰り返し呼びかける。コールサインの一部を取ってもらえた。繰り返し送信する。数回のやりとりでレポート交換までこぎ着けた。交信の成立である。微かな信号に全神経を集中しての交信だった。
商業通信と異なりアマチュア無線は確実性をあまり重視しない。コンディションやロケーション、また相手局とのタイミングなどさまざまな状況の中で交信できることを楽しむ。状況が厳しければ厳しいほど熱くなるのだ。達成感というのだろうか。アンテナが風に揺れることもある、電離層は刻々と変化する、伝播経路もどんどん変わっていく。その中でたまたま届いた電波によって繋がる交信である。何度も何度も信号を繰り返し送り、受信を重ねる。相手のコールサインとRSTのレポートを交換するという、通常なら数秒で終わってしまう交信を厳しい状況の中で集中して取り組むことで達成したときの喜びが大きくなる。
コミュニケーションツールとしての電波を使わせてもらってのアマチュア無線で、交信の中身ではなく交信すること自体に重心を置くのは邪道かもしれない。しかし、無線通信の黎明期、火花から発生した電波をコヒラー管で検出し電波が来ていることを確かめることで通信をしていたことに思いを馳せ、私と同じように粘り強く微かな信号に付き合ってくれている局が居る。その相手局を思いながらの交信は趣深いのだ。
十人十色、十局十色、さまざまな楽しみ方があるアマチュア無線である。それにしても私のような楽しみ方にお相手くださる局に感謝である。大きな心でハムライフを楽しむ方々に恵まれていることを幸運に思う。Viva ハムライフ。





