XRQ技研業務日誌

ものづくりを楽しんでいます。日々の暮らしの中に面白そうなものを探しながら

小説 「カンタ」

朝焼けの空

 寒さもようやくゆるんできた。梅の花もちらほらと咲き出した。梅は一斉に開花するのではなく2週間から1ヶ月かけて順番に花を開いていくという。そのため養分をじっくりと蓄えた最初に開花する花がつくりも大きくきれいなのだそうだ。梅園の近くではふくよかな香りが漂い、遅かった春の訪れを感じさせてくれるこの頃である。

 小説「カンタ」 石田衣良   文藝春秋
    2011.9
  初出 別冊文藝春秋 
   2007.11〜2011.5 

 父親を知らない家庭に育った在原耀司と土井汗多。偶然同じ集合住宅に住むようになり幼稚園も一緒だった。カンタには高機能自閉症の障がいがあったが、一緒に過ごすうちに耀司はそれを少しずつ理解するようになる。
 子どもの世界は異質なものを排斥する。自分を基準として、考え感じるので異なるものを受け入れるのが難しいのだ。大人の世界でもさまざまないじめがあるのだが、子どもの世界ではそれはストレートに現れる。「空気」を読み、集団に同化することで標的にならないようにしているが保身策である。幼くしてカンタは母親を亡くし、耀司はその母親からカンタのことを託される。
 この障がいのあるカンタを通して、二人が成長し直面していくさまざまな出来事を描いた物語である。作者がこれを楽しみながら書いている様子が随所に出てくる。高校入試の問題は「4teen」であり、「アキハバラDEEP」の裏秋葉原で事件に巻き込まれる。金融市場の動きを学ぶところは「波のうえの魔術師」を想起させる。
 時代の動きを敏感に反映しているのもこの作者の特徴だろう。非正規雇用のアルバイトで稼いだ金を元に会社を立ち上げたのは携帯電話のゲーム会社である。ライブドアーの騒動を彷彿とさせる展開で、二人が押し流されていく。
 連載されていたことの名残なのだろうか、ところどころに物語の展開を暗示するような言葉が出てくるのは気になるのだが、この作者らしいクリアな文体で一気に読むことができた。読後感はハートウオーミングなのだが、二人の思いとは別に企業の論理や社会通念、さらには裏社会のマネーロンダリングなどさまざまな要素が絡み合い、はらはらどきどきの展開である。企業の不祥事の納めどころとして誰かが人身御供になることがあるが、そうなりそうな展開に気持ちを暗くした。しかし、詳細は描かれていないが、二人が自分の足を地に着けて歩んでいこうとするところで終わっている。
 広汎性発達障害などの名称は最近になって身近な言葉になってきた。しかし、引きこもりや対人関係の不都合などの現象面のみが問題にされ、その理解はまだまだ進んでいない。カンタの目を通して社会を見ていくことでこれらの障がいへの関心が高まるといいなぁと思う。