XRQ技研業務日誌

ものづくりを楽しんでいます。日々の暮らしの中に面白そうなものを探しながら

 大坂弘道展 

shig552013-01-11

時の移ろいは早いものである。あの一瞬からすでに1年10ヶ月が経ってしまった。大事な人を亡くした心の癒されぬまま、街の様子は少しずつ変わってきている。避難生活を強いられている人々も多い。「一日も早い復興を」との願いは誰もが抱いているが、汚染された瓦礫を広域で行うことには大きな障害が立ちはだかっている。目に見えず、将来の子孫にまで災いを及ぼすかも知れない放射能への恐怖が大きいのだ。災害の大きさを改めて感じさせられている。

練馬区美術館で「人間国宝大坂弘道展」が開催されている。
木工による作品であるが、用の美を超えた美しさがそこにはあった。
大坂弘道氏は練馬区の中学校教師として生徒の指導にあたっていたが、宮内庁から正倉院御物の複製の制作を依頼され、教職を辞して本格的に制作の道に入ったのだという。本橋玉斎、氷見晃堂、竹内碧外などに師事し,唐木細工や指物などの木工技法を独学した。さらに失われた技法の復活をも成し遂げたのだという。
木工というと木を材料として生活で使う用具を作ることを考えてしまう。椀や盆、書棚や家具など、木目を生かし生地の美しい什器は生活を豊かにしてくれる。プラスティックにはない重厚さとともに自然素材の温もりを感じさせてくれる。しかし、制作に手間暇がかかる分、高価になってしまうのでなかなか手に入れることは難しい。我が家でも木工の産地に出かけた折などに少しずつ購入してきた。丁寧に使っていれば、年を経るごとに味わいが深まり気持ちを豊かにしてくれるものである。
木工展ということでそのような作品をイメージして美術館に足を運んだのだが、そこにあったのは全く別次元のものだった。作者は既に75歳を過ぎる年齢とのことだが、最近の作品は精緻さを極め、用の美を超えたそれ自体が美しいものであった。どのような細工で作品が作られているのか、私のような素人では知るよしもないのだが、細い金属を象嵌したような文様と生地の美しさ、優雅な曲線で形作られた造形は見事である。
たくさんの作品がこの美術館に寄贈されたとのことで、それらの作品を含む60点あまりが展示されていた。中学校の教員をしていたころの作品もあり、箱根の寄せ木細工のような箱や、木肌それ自体の美しさを生かした入れ物、船底のような優美なラインでまとめられた筆箱など、この作者のこれまでの仕事を辿れる展示となっている。
中でも興味を惹かれたのは制作過程を展示したもので、文化庁の依頼で作られたものである。一枚の板から全体の形を構成し、象嵌などの作業を施し、塗装や仕上げの作業などいくつかの工程ごとの姿が並べられている。説明文などがないため、実物を見ながらどのような作業が行われているのか想像するしかできないのがまだろっこしい。
また、箱の縁などを飾る、数ミリの帯状の部分に模様が刻まれているものがあるのだが、その制作過程の部品も展示されていた。これにも説明はなく、どのようにしてこれほどの細かな細工ができるのかを知りたいという思いに駆られた。
 黒柿の木質そのままを生かした作品が多かったが、作者の手を経ることで材質の美しさがさらに磨き上げられ、見る者を虜にするほどの存在感溢れるものとなっていた。人の技のすばらしさに触れることのできた展覧会である。

平成25年2月11日まで 練馬区立美術館