XRQ技研業務日誌

ものづくりを楽しんでいます。日々の暮らしの中に面白そうなものを探しながら

余韻を楽しむ


 

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   毎朝仏壇に手を合わせる。燈明を点け、お茶とご飯、水を供え、線香をあげてお鈴を打つ。静かに手を合わせご加護に感謝することから一日が始まる。このお鈴の打ち方だが、忙しなく鈴の縁を上からチンチンと叩く人もいるが、もったいない気がする。お鈴は反響よく澄み切った音がするように作られている。その音の余韻を楽しみたいものである。私は棒を縦に下げた状態で軽く持ち、軽く当てるようにしている。お鈴自体が反響を繰り返しいつまでも心地よい音が続く。音がほぼなくなったころにもう一度棒を触れさせ2回目の音を聞く。その音を聞きながら手を合わせ、心を鎮める。一日のほんのわずかな時間だが、心豊かなひと時である。

 モールス符号で通信をするとき、通信の最後で「GL GL ES CU E E」と打つことがある。Good Luck See You という意味であるが、その後にE E と打つ。Eは短点一つであるのとトン トンという感じだ。なぜこのような風習が生まれたのか定かではないが、通信の余韻を残して終わるために行われているようである。
 短点を2つ打つだけで気持ちが伝わるのだ。文字列だけで終わっても通信は成立するのだが、通信が終わり名残惜しいという気持ちを表すのがこのトントンである。実際の通信でもよく聞くことがあるが、儀礼的にトントンと打つ場合にはあまり気持ちが伝わらない。トンと打った後、余韻を残しながら次のトンを送ることで名残惜しさが伝わるようである。

 無があるからこそ実体がある。哲学的なことではなく、余韻を生かすことが大事なのではないだろうか。この世に生を受け僅かな時間を過ごしているが、その僅かな時を心豊かに過ごすためには無が大事なように思う。