XRQ技研業務日誌

ものづくりを楽しんでいます。日々の暮らしの中に面白そうなものを探しながら

チリン

蓮の葉の上の小世界

 自然現象だとわかっていても、琴線に触れる出来事があるものだ。

 早いもので母が旅立ってから2年が経とうとしている。夏の暑さを前にして食欲が落ち始め心配していたころだった。いつも通り夕飯をすませ、自分の部屋に戻って横になって休んでいたはずである。母の枕元にはいつでも私達を呼べるようチャイムのスイッチを置き、トイレに行く折りなど使っていた。10時半頃このチャイムが鳴り、母の部屋に行くと様子がおかしい。家族を呼び集め、皆で声をかけるが応答がない。呼吸が浅くなり尋常ではない。舌も落ち込んでしまいそうだ。119番通報で救急車を要請し、緊急搬送。病院のICUに収容され応急対応をしてもらう。翌朝、医師から状況の説明を受け、延命処置について確認をされる。その後、様子を見てあげてくださいと案内されたICUではさまざまな機器に囲まれた母が臥していた。ベッドを囲み声をかけるが反応はない。見守っているうちに血圧のグラフが急激に低下し、脈のパルスも弱まっていく。延命処置は望まないと申し出ていたので、医師も見守っている。10時30分静かに息を引き取った。結果的には脳の動脈瘤破裂が原因だったようだ。脳はほぼ即死の状態だったのだろうが、心肺の機能は頑張っていたのだろう。思いも寄らない急な旅立ちであったが、母の実の妹や子どもたちが見送ることができたのはせめてもの救いであった。
 2年めには三回忌法要を行うのだという。その前に墓の掃除に行った。このところの荒々しい天気のため埃はあまり付いていないが、墓石を拭い、樹木の剪定をし、花立てや茶碗を洗う。そんな作業をしているとき、チリンという微かな音が聞こえてきた。毎日仏壇にお参りする時の鈴の音に似て、澄んだ綺麗な音である。何の音だろうと気に留めていると、またチリンと聞こえてくる。数十秒おきに音が続いていた。
 よくよく辺りを見回すと、母の使っていた湯飲み茶碗から音が出ていた。茶碗を洗い、墓の前に伏せておいたのだが、水滴が茶碗と墓石の間を塞ぎ、茶碗の中が密閉状態になっていたのだ。そのため、日差しに照らされて茶碗の中の空気が膨張し、茶碗を押し上げる。そのたびにチリンという音を発していたのだ。まったくの物理現象である。
 しかし、この音色から何とも言えない思いがわき上がってきた。彼岸と此岸を結ぶ通信手段はないのだが、こんな自然現象で何かを伝えてきているのではないだろうかと・・。

 普段、私はアマチュア無線で遠くの局を追いかけている。ノイズに埋もれ、電離層の影響で強くなったり弱くなったり不安定な信号を耳を澄ませ神経を集中して判読する。電波の断続だけで通信を行う電信である。こんな小さな音だけで遠く離れた人とも通信ができるのだから、微かな音や揺れ、何らかの変化などがあれば、それが通信ではないかと考えてしまうのも自然なことではないかと思う。
 
 三回忌の法要は皆さんのおかげで無事終えることができた。皆さんの記憶の中に母が残っていることが供養なのだと思う。
感謝 合掌