XRQ技研業務日誌

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バッタを倒しにアフリカへ

バッタの扮装は著者本人だそうです。

バッタを倒しにアフリカへ 
               前野ウルド浩太郎 光文社新書 2017.5.20初版

 私も研究職に微かな憧れを抱いたものだった。和光市理化学研究所や、つくば市産業技術総合研究所の一般公開の折に施設を見学し、研究の一端に触れさせてもらうのを楽しみにしてきた。理研の仁科研では巨大な加速器スーパーコンピューター[HOKUSAI」にわくわくした。しかし、そこで働く若い博士たちと言葉を交わすことはあっても、その生活までは知ることはなかった。
 この本の著者は昆虫学者 バッタ博士であり、神戸大学で農学博士になった方である。子どものころファーブル昆虫記に夢中になり、バッタの研究に打ち込んでいるポスドクだという。ポスドクとは博士号は取ったけれど期間任用で正式の任用をされていない状態を言うのだそうだ。つまり就活中の状態を指すという。
 研究職と言うとその成果にのみ関心が行きがちだが、この本は研究への取り組みにも触れている。一人の研究者として、職業人としての歩みが記されたものである。とても平易な文章で気軽に読めるのだが、知らない世界を覗くようで読みだしたら止まらない面白さがある。
 バッタと言うとショウジョウバッタやコオロギ、イナゴなど身近な昆虫だが、著者が追いかけているのはサバクトビバッタという、巨大な群れで地表にあるあらゆる植物を根こそぎ平らげてしまい農業に甚大な被害をもたらすバッタだという。著者のモーリタニアの国立サバクトビバッタ研究所での活動がこの本の大部分を占めている。
 相変異を起こすものをバッタといい、起こさないものをイナゴというのだそうだ。サバクトビバッタはまばらにいるうちは孤独相としておとなしいのだが集団になると群生相として体色や行動、性質まで変わってしまい、数百キロにおよぶ大集団で地表を覆うという。農業への被害はすさまじく国連食糧農業機関FAOでもさまざまな対策が行われ、日本からも多くの支援が行われている。著者がモーリタニアに派遣されたのもその一環なのだそうだ。
 さて、研究者として就職先を手に入れるにはそれなりの成果を上げなくてはならず、研究は現場が一番なのだが、学会から認められるには論文という形で発表していかなくてはならない。研究には金がかかり、自分自身の生活もしていかなくてはならない。著者は京都大学白眉センター特定助教に選ばれるという幸甚を得てステップアップの足がかりを得たというが、研究者が研究に専念できるような仕組みがあったことに少しホッとする。すぐに実用化の難しい基礎研究の分野を支える仕組みなくしては科学の発展もおぼつかないということだろう。
 たった一人の発見や気づきが社会の大きな流れを変えていくのが科学技術である。その成果を追うだけではなく、さまざまな興味関心にいそしむ人の姿を垣間見ることのできた本であった。