XRQ技研業務日誌

ものづくりを楽しんでいます。日々の暮らしの中に面白そうなものを探しながら

目刺しづくり始まる

目刺しの天日干し

 「風が吹かないと水揚げがない」と先月訪ねたときに、水産加工をしている店の親父さんが言っていた。この店で昨年買い求めた目刺しがことのほかうまかったので、それを求めて今年も訪ねたのだが、まだ時期が早かったようである。
目刺しは背黒鰯を塩水につけ、この魚独特の大きな口に竹の棒をさして干し上げて作られる。大きな口が目の近くまで開くので、あたかも目を刺しているように見えるのだ。
 一般にはカタクチイワシとよばれ、時期を問わずさまざまなところで漁獲されている。大きさによってシラスと呼ばれたり、チリメンと呼ばれることもある。8cm以上の成魚の大きさになると、新鮮なものは手開きで刺身として食べられている。丸い鱗を持っているのだがとても剥がれやすく、収穫されたときに取れてしまうのだそうだ。また身が柔らかいので包丁などを使わなくても、手で処理をしたり、プラスティック製のテープを使って簡単に三枚おろしにすることができる。
 ただ、身が柔らかいだけ傷みも早く、生食ができるような新鮮なものが流通することは難しいようである。やはり、漁港の近くで食べるのが一番うまい。
日持ちを良くするために日干しにしたのが目刺しと呼ばれ、天日に干されて、きらきらと輝いている風情はきれいである。
 先日、再びその加工場を訪ねると、店の前にはたくさんの目刺しが干されていた。最近水揚げされるようになり、やっと加工が始まったとのことだった。作業台の上には山盛りの背黒鰯が置かれ、一匹ずつ大きさや形を選別しながら竹の棒に刺していく。棒いっぱいに刺し終えると、塩水で全体を洗い、庭先に並べて天日干しにする。自然の恵みを自然のままにいただく食材である。
 そのまま焼いて、頭から食べるのが最高である。骨も気にならずに食べられる。内臓の苦みも塩加減もここちよい。

 以前、房総の海岸で磯遊びをしていたとき、大量の背黒鰯が岸辺に打ち上げられているのを見つけた。ちょうど目刺しにしたと同じような乾燥の状態で、このまま焼いたらうまそうだと感じたものである。さすがに、それを拾うことはしなかったが、大昔ならば自然の恵みとして人々を喜ばせたのかも知れないと思った。
 人間にとってもこのカタクチイワシは、刺身や目刺し、シラスやチリメンとして食べるだけでなく、煮干しとして出汁を取ったり、田作りやアンチョビとして加工されたり、また、畑の肥料として利用されたりしている。一方、自然の食物連鎖の中でも他の魚たちの餌として重要なものになっている。成長が早く、夜半から早朝にかけて産卵された浮遊性の卵は水温が20度あれば30時間ほどで孵化し、1年も経ずに産卵できるようになるという。カタクチイワシ自体はプランクトンを餌として成長するので、プランクトンが発生しやすい状況になると大量に成育し、豊かな海を支えているのだそうだ。

 魚ヘンに弱いと書いて「鰯」という字になる。一匹いっぴきは小さくて弱い存在だが、大量に集まって大きな固まりを作り、しっかりと生き残っている。そして人間を含めた生態系の底辺をしっかりと支えてくれている大きな存在である。
 自然に感謝し、味をかみしめながら頭から丸ごといただく。酒の糧として最高の友である。