XRQ技研業務日誌

ものづくりを楽しんでいます。日々の暮らしの中に面白そうなものを探しながら

小説 「東京島」

城峯公園 冬桜

北の方からは雪の便りが来ている。震災からもう8ヶ月。たくさんの方が亡くなり、今でも3500名以上の方々が行方不明になっている。その方々を早く肉親の元に返そうとさまざまな機関が力を尽くしている。早く見つかってほしいと願うとともに、これからの厳しい寒さに向かい捜索に携わっている人たちへの感謝の念を禁じ得ない。合掌。


 小説 「東京島」 桐野夏生 2008 新潮社
谷崎潤一郎賞を受賞した作品。雑誌「新潮」に連載したものをまとめたものである。
 アナタハン島事件という、終戦の頃実際にあった事件をモデルにしているが、男女の関係だけに焦点を当てるのではなく孤立した状況の中での人の生き様を描いている。


 退職後、クルーザーで世界一周の旅に出かけた夫婦が嵐で遭難し、南海の孤島に流れ着く。その島は周囲を強い海流に囲まれ、小さな船では脱出することが困難な状況。だが自然は豊かで食べ物には困らない。危険な生物もいず、気候も温暖で生活していくことはそこそこできるところだった。
 外の世界から孤立したこの島には、その後、きつい仕事から逃げ出してきたフリーターの若者たち23人、仲間割れから島流しにされてきた中国人たち11人、また、出稼ぎに行く途中で難破したフィリピーナのダンサーたちが流れ着く。一人一人の個性や人との関わり方、また文化の違い、また男と女の思惑など、さまざまな人間模様を描きながら月日が経っていく。島を脱出し元の生活に戻りたいという思いを持ち続けているのだが、幾多の失敗の中で島での生活を受け入れてクニとしての秩序を形作っていく物語である。
 
 以前生活してきた元の場所への思いから「トウキョウジマ」と名付けられた島。そこに閉じこめられた人々は一人一人がこれまでの人生を背負っている。しかし、閉じられた島では外の世界との関わりが絶たれ、そこにあるもの、そこにいる人同士の関わりの中で生きていくしかない。
 そのため座礁したクルーザーから多くの物を回収していた夫婦は大富豪となった。唯一の女である中年女は若者たちからも恋われる女王になっていく。他の人と協調できない人は離れて暮らすようになり、一人一人の個性が露わになって状況が変化していく。その中で次々に権力を持つ者が代わっていき、それぞれが自分の立ち位置を修正しながら生きていく。

 人はその人生の中でさまざまな肩書きを持ち、居場所を得ているのだが、もし物語のような、これまでの世界との交流が途絶し身一つになった状態でどれだけの力を発揮できるかが大事なように思う。それは人間力というものであり、生活力であり、ものを作る知識技能であり、調整力・折衝力など対人能力、そして自分自身を奮い立たせる気力である。

 物語ではエピローグで女王の産んだ双生児のそれぞれの姿を描いている。島を脱出した女王と女の子は東京で暮らしている。島に残された男の子は、王様と新たな王妃のもとで島の将来を担うべく王子として育てられていく。同じ時代を生きながらも情報の剪断によってそれぞれの人生が別々の流れになっているのだ。
 物語は全くのエンターテイメントであるが、統治という面で見るとクニの始まりもこのようなものだったのかなぁと思ってしまう。歴史の複線性を感じた読み物であった。